恐竜の絶滅と巨大隕石衝突

東京大学 HP

杉田 精司(新領域創成科学研究科 助教授/理学系研究科地球惑星科学専攻 助教授 兼任)

「なぜだろう?」と考えるのが理学部の仕事だと思うのだが,恐竜ほど「なぜだろう?」とわれわれを考えさせるものも多くはないのではないかと思う。その疑問の一つが,「なぜ恐竜は地上から姿を消してしまったのだろう?」というものだ。恐竜の絶滅は突然起きて,多くの他の生物種も一緒に絶滅した(まとめてK-T絶滅事件と呼ぶ)となると,疑問はさらに強まる。

この恐竜の絶滅の謎への最初の大きな手掛かりは,アルバレッズ博士(L.W.Alvarez)らが1980年に発表したK-T境界層へのイリジウム(以後Irと表記)濃集の発見である。地球の地殻やマントルには,Irはほとんど含まれていない。堆積物中に微量に見つかるIrは,基本的に宇宙塵などの地球外起源物質である。このIrがK-T境界層から大量に見つかったのである。そのIrの濃集は世界中に広がっており,総量を推計すると直径10 kmもの巨大隕石がもち込むIr量に相当することも分かった。これは,恐竜絶滅時に巨大隕石衝突があったことを如実に示している。その後,メキシコのユカタン半島の堆積層下に埋もれている直径約180 kmの巨大クレーターが発見され,さらにクレーター形成年代もK-T絶滅事件の年代とぴったり一致することも分かり, 1990年代半ばにはK-T大絶滅の巨大隕石衝突説はほとんどの科学者に受け入れられるようになった。

しかし,まだ大きな謎が残っている。天体衝突がどのような機構で大絶滅に至ったのかよく分かっていないのだ。当初は,衝突で大気中に巻き上げられた大量の粉塵が長期間にわたり日射を遮断し,生物を大量に死なせたと考えられたが,大気中の滞留時間が長い微小粉塵の量が過大評価されていたことなどが判明して,この「衝突の冬」仮説は旗色が悪い。ほかにも,硫酸エアロゾルによる衝突の冬,大規模火災, CO2大量放出による急激な気候温暖化,激しい酸性雨などが提案されているが,どれも決定打を欠いている。この絶滅機構の解明が,K-T絶滅研究の現在の最大の課題である。

理学部からは,松井孝典教授,多田隆二教授,田近英一助教授らが中心となって毎年キューバやメキシコで詳細な地質調査を行い,K-T絶滅の謎を追いかけている。